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福岡高等裁判所 昭和58年(う)302号 判決

被告人 道喜勝成 ほか一人

主文

原判決を破棄する。

被告人道喜勝成を禁錮一〇月に、被告人金猛を禁錮八月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審分は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(理由目次)(略)

本件控訴の趣意は福岡高等検察庁検事島谷清提出の福岡地方検察庁検察官検事三野昌伸作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は被告人道喜の弁護人高木茂及び被告人金の弁護人辻本育子各提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりである(なお第一回公判期日において検察官は本件控訴の趣意中には刑法二一一条の法令適用の誤りの主張を含む旨付陳し、両弁護人は原判決に検察官主張のような法令適用の誤りはない旨付陳した)から、これらを引用する。

一  本件の概要

1  公訴事実

本件公訴事実は、「被告人道喜は、株式会社古屋工業所に雇われ、同社が福岡市水道局から請け負つた福岡市東区原田一丁目三一三五番地白水秀雄方前路上における水道管敷設工事の現場責任者、被告人金は、大西工業の名称で水道管敷設工事事業を営み、右工事を前記会社から下請けした施工者であつて、それぞれ、労働者山口政廣、丸林繁廣、仲山友幸らを指揮、監督して同工事を遂行するとともに、右労働者の安全衛生を管理するなどの業務に従事していたものであるところ、被告人両名は、昭和五三年一月一七日午前八時過ぎころ、前同工事現場において、水道管敷設のため、前記労働者らに白水秀雄方のモルタル塗装のレンガ塀南側約〇・一五メートルの位置に右塀と並行して上面幅約〇・七六メートル、底部幅約〇・四五メートル、深さ約〇・七七メートルの溝を明り掘削させようとしたが、右塀は長さ約七・二メートル、高さ約一・七メートルである上、掘削現場の地盤は崩壊しやすい軟弱な砂地が多く、右塀に沿つて明り掘削を継続すると塀の基礎部分の土砂を崩壊させて塀を倒壊させる危険があつたから、掘削作業開始に先立ち塀の基礎部分の土質と塀の根入れ状況を十分調査し、かつ、土留めをしたり、支柱を設けるなど塀の倒壊を未然に防止する適切な措置をしながら作業を継続すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然、右塀の外観を見分したのみで塀の塗装が比較的新しいことから倒壊することはないと軽信し、塀の倒壊防止のための措置を全く講じないまま前記労働者らをして前記作業を遂行させた過失により、同日午前九時四五分ころ、前記労働者らが深さ約〇・四メートル、長さ約九・二メートルの溝を掘削するに至つた際、右塀の地盤が崩壊し、同塀を右労働者らの上に倒壊させて同人らを同塀の下敷きにさせ、よつて、前記山口、丸林を即時同所において窒息死させ、前記仲山を同日午前一〇時二〇分ころ、同市東区馬出二丁目二一番二五号所在の八木病院において全身打撲により死亡させたものである。」というのである。

2  原判決の無罪理由の要旨

原判決は、(イ)被告人道喜は株式会社古屋工業所に雇われ、同社が福岡市から請負つた福岡市東区原田地内No.2配水管布設工事(以下本件工事という)の現場代理人、被告人金は大西工業の名称で水道管布設工事業を営み、本件工事を前記会社から下請した施工業者であつて、それぞれ、被告人金に雇われて本件工事に携わつていた山口政廣、丸林繁廣、仲山友幸らの労務者を指揮監督して本件工事を遂行するとともに右労務者らの安全衛生を管理するなどの業務に従事していたこと、(ロ)本件工事は福岡市において企画設計し、かつ監督員を置いて施行され、昭和五三年一月八日(このひにちは原判決三丁裏の判示に従う。原判決一一丁表に一月九日とあるのは誤記と認める)に着工し、設計図書に従つて矢板等の土留をしない人力床掘の工法で施工され、同月一六日までの間、東区原田一丁目三一三五番地白水秀雄方玄関付近まで約一四〇メートルの水道管布設工事を終え、翌一七日、前記労務者らによつて工事が進められ、同日午前九時四五分ころ、白水方のレンガ塀の南側約一五センチメートル(この長さは原判決三丁裏の判示によつたが、原判決四丁裏には一二センチメートルとなつている)の位置に右塀と並行して上面幅約七六センチメートル、深さ約四〇ないし五〇センチメートルの溝を長さ約九・二メートル掘削した際、右塀が作業中の前記三名の労務者の上に倒壊し、前記山口、丸林は即時、前記仲山は同日午前一〇時二〇分ころ、同市東区馬出二丁目二一番二五号所在の八木病院において、それぞれ右倒壊したレンガ塀の下敷となつたことによつて圧迫死したこと、(ハ)本件工事の設計図書は福岡市水道局給水施設課によつて作成されたものであつたが、それによると、本件工事は前記白水方前市道の境界線に添つて幅七六センチメートル、深さ七五センチメートルの溝を掘つて水道管を布設するもので、溝の位置や深さは、既設のガス管等の地下埋設物との関係や、道路の幅員との関係で決せられ、本件現場一帯は塀に接近して設計せざるをえなかつたこと、(ニ)また、設計担当者は掘削の工法についても決定したが、それによると、工法は、本件工事現場一帯の土質が、実際は純粋の粘性土ではなく、粘性土と砂質土を混合したような土質であり、本件事故の前日までに施工した約一四〇メートルの間の土質と概ね同質で著しい変化はみられないものであつたが、これを粘性土であるとの前提で、掘削溝の深さが通常の場合(配水管の上面まで一二〇センチメートル)に比較して浅い設計(本件では配水管の上面まで六〇センチメートル)であつたので、矢板を打ちながら掘り進む等の土留工をしない人力床掘の方法で掘削することを決定し、設計図書によつてこれを指示したこと、(ホ)本件工事は被告人両名の監督のもと右設計図書に従つて施工され、事故現場の掘りかけの溝も設計図書に示された位置(塀から一二センチメートル)に掘削してあり、設計図書に適合するものであつたこと、(ヘ)本件レンガ塀は昭和一七年ころ築造され、黒レンガを組積したものであつたが、レンガの色があせてしまつたので、昭和四五年ころ、表面を厚さ約一センチメートルのモルタルで被覆したもので、道路に面した塀の長さは約七・二メートル、地上の高さは約一・七メートル、その基礎部分の幅が約二七センチメートル、根入れの深さは約二〇ないし三〇センチメートルで、東西の両端に約五四センチメートルの、中央二か所に約一〇センチメートルの控壁を設けたもので、塀の一メートル当りの重量は約〇・九一一トンであつたこと、(ト)しかして本件塀の倒壊原因は塀の市道側全面にわたり前記のとおりの溝を塀に接近して塀の根入れより深く掘削したことで、塀の重さによつて塀を支えていた根入れの下面の溝側の土が溝内へ崩れ、支持力を失つた塀が市道側に傾いて、溝の上に倒れ込んだものであることなどの事実を認定したものの被告人両名に対しては無罪を言い渡したが、その理由とするところは、要するに、本件工事には企画設計、施工の各段階で多数の者が関与して工事を遂行するので、本件工事の安全施行について右関係者らがそれぞれの職責に応じて安全配慮義務、事故回避義務を分配し、お互にその職責を全うするとの信頼関係に基づいて工事が進められて行く関係にあり、従つて、被告人らに業務上の過失責任が問えるのは、本件事故原因との関係で被告人らに職責上の安全配慮義務違反があつた場合でなければならないから、そこで本件事故原因に対する安全配慮義務を、本件工事関係者らがその職責の関係でどのように分配されていたかを検討してみるに、一般に工事の施工者は設計図書(工法も含む)の忠実な履行を義務づけられるから、設計において施工上の安全が確保されていなければならないのは当然であるものの、本件のような掘削工事は、その性質上、設計に当つて工事区域の全域に亘つて現場の土質等の状況を調査し、これを正確に把握することは不可能であるから、設計者においては、ある程度の見込みで設計図書を作成し、施工の段階で現場の実情に合わせてこれを修正して行くという態勢をとらざるを得ないし、施工者側の能力に合つた限度で施工者側にも安全配慮義務を分担させざるを得ないので、右の関係を本件福岡市水道局水道工事標準仕様書(押収番号略、以下同じ。)及び工事請負契約書謄本によつてみると、本件のような掘削工事にともなう事故に対する施工者側の安全配慮義務として、

(一)  設計図書で示された地質と現場の実状が異なつているとき(契約書一七条)、床掘り個所近くに崩壊または破損のおそれがある構造物があつたとき(仕様書四・二・三・(2))、掘削施行中自然崩落、地滑り等が生じた場合、施工者はこれを監督員に報告する義務を定め、この報告を受けて、監督員は施工者に対して(必要なときは設計変更をして)補強や防護工を施すよう指示し、施工者はその指示に従う義務を定め、

(二)  また、施工者が災害防止のため必要があると認めるとき、臨機の措置を採る義務を定め、この場合でも必要があるときは監督員の意見を聞かなければならないとし、緊急やむをえない事情があるときに限つて監督員の意見を聞かずに臨機の措置をとるべきこと(契約書二二条)

を定めてあり、右によると、本件掘削工事にともなう土崩れや、これを原因とする災害の発生に対しては、先ず発注者側である福岡市水道局の設計者及び監督員において基本的な安全配慮義務を負つているものであり、施工者側は、水道局側に工事現場の状況を正確に把握させるため安全配慮に対する資料を提供し、その判断及び指示に従う限度で、また、災害防止のための必要な臨機の措置をとる限度で補充的に右安全配慮義務をその職責上負つているにすぎず、職責上の安全配慮義務はその職責を負つている者に一般的に期待される能力に合つたものでなければならないが、本件工事を請負つた古屋工業所は小口径の家庭引込み用の水道管を主に布設する第一種指定業者であつて(原審第九回公判調書中証人牛尾昌樹の供述部分)通常の工事にあたつて(本件のように塀に接着して布設することはめつたにない―証人松尾孝則の供述)土木工学の専門的知識は必要でないから、土木工学の専門家を備えておらず、また本件契約書一一条、仕様書八・三・一によると、配管作業に従事する者については一定の資格と豊富な実務経験を要求しているが、配管の前段階として溝の掘削作業に従事する者や、これを監督する現場代理人については特別の資格を要求しておらず、施工者側には土木工学の専門的知識は期待しえないところ、前記契約書及び仕様書による水道局側と施工者側の安全配慮義務の分配はこのことをふまえたもので妥当な分配である旨の判断を前提とし、本件工事の施工に関して被告人らには、もともと右義務の内容として検察官が主張するような掘削作業開始に先立ち塀の基礎部分の土質と塀の根入れ状況を調査するなどの具体的義務は存在しないものであり、関係証拠に照らしても、被告人らはその職責上要求される範囲での安全配慮義務を尽しており、検察官主張の過失を認めるに足る証拠はなく、かえつて、本件事故の原因は、山口ら被害者が被告人らの指示に反して一度に水道管一本分(約六メートル)以上の長さの溝を掘つたことにあるのではないかと推認されるので、そうだとすると、そもそも検察官主張の過失と本件事故とは因果関係がないのではないかとの合理的な疑いが残り、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑訴法三三六条により被告人両名に対し無罪の言渡をするというのである。

3  控訴趣意の要旨

検察官の所論は要するに、原判決は、(イ)本件については、掘削工事の施工に伴う安全確保の基本的、第一次的責任ないし義務は施工者側である被告人らにあつたとみるべきであるのに、本件工事に関する安全配慮義務の分配につき施工者側である被告人らの注意義務を補充的、二次的なものにすぎないと認定した点、(ロ)その認定を前提として被告人らに検察官が主張するような本件塀の基礎部分の土質や塀の根入れ状況についての事前調査義務の懈怠のあつたことを否定した点及び(ハ)検察官主張の過失と本件事故発生との間の因果関係の存在を疑わしいとした点において事実を誤認し、ひいては刑法二一一条の法令適用の誤りを犯しており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は到底破棄を免れないというのである。

二  当裁判所の判断

1  原判決が理由「第二本件事故に至る経緯等」において認定している事実関係、即ち、前記「原判決の無罪理由の要旨」欄に掲記した(イ)ないし(ト)の諸事実については特に争いはなく、原審取調の関係証拠からも認めることのできるものである(以下、(イ)ないし(ト)の認定事実と略称のうえ引用する。もつとも、本件の倒壊したレンガ塀の所在地を(ロ)の認定事実では原田一丁目の三一三五番地白水秀雄方とし、これは本件公訴事実のそれとも符合し、本件記録中でも原審検3号の実況見分調書の実況見分の場所欄に記載された白水秀雄方の表示とも一致するのであるが、原審検21号の白水ノブエの司法巡査に対する供述調書によれば、白水秀雄の妻ノブエの住居は原田一丁目一三一五番地と録取されており、原審検22号の児島清の司法巡査に対する供述調書によれば、本件レンガ塀の所有者で白水秀雄宅の所有者でもあつて右住宅を同人に貸与している児島清もまた、右住宅の所在地を原田一丁目一三一五番と供述していること、原審検1号の捜査報告書や原審検2号(不同意部分を除く以下同じ)の実況見分調書においても本件事故発生場所をいずれも原田一丁目一三一五番地白水秀雄方前市道上と記載していること、原審検69号の福岡市水道局給水部施設課作成の平面図中にも白水方を原田一丁目一三一五番地と表示してあることからすると、本件レンガ塀の所在地は原田一丁目一三一五番と認められ、従つて、本件事故現場は同番地白水秀雄方前市道上と表記するのが正しいことになる。また、本件事故当日に掘られた溝の長さを右(ロ)の認定事実中では約九・二メートルといい、これも本件公訴事実のそれと符合するものではあるが、前掲原審検2号の実況見分調書中では一貫して九・三メートルと記載されており、全記録中にも特にこれに反する証拠も見当らないから、右溝の長さは約九・三メートルであつたと認定する。次に、(ハ)の認定事実中で、設計図書によれば本件溝の深さは七五センチメートルであつたかのごとき認定をしているが、前掲原審検69号の平面図によれば、本件溝の深さは七七センチメートルとして設計されていたことが明らかであるから、原判決は深さ七七センチメートルとすべきところを深さ七五センチメートルと誤記したものと認める。また、(ホ)の認定事実中、本件塀の西端の控壁の長さについても、前掲原審検3号の実況見分調書の見取図第三、第四により約五八センチメートルであつたと認めるのが相当である。次に、本件溝の掘削された位置を(ロ)の認定事実では本件塀の南側約一五センチメートルといい、(ホ)ではこれを一二センチメートルといつて不一致があるが、前者は原審検2号の実況見分調書の現場見取図第2図中に見られる計測距離であり、後者は、原審検69号の平面図で示されている設計図書上の位置であり、いずれもそれぞれ根拠のある数字であるが、本件事故現場では地盤の崩壊、塀の倒壊、そして人命救助活動等が重なつて右事故前の本件溝の掘削状況を正確に計測することは困難だつたものであり、右の実況見分調書及び平面図に原審検3号の実況見分調書及び原審証人益永榮の証言を総合すると、本件溝の北側縁と本件塀との間隔は一二ないし一五センチメートルであつたと認めるのが相当である。また、原判決が「水道管一本分(約六メートル)」というのは、関係証拠からして、水道管自体の長さ約五メートルに、これを労務者らが布設作業をするのに必要な余地を加えた長さを指すものであることは明らかである。なお、当審において取り調べた鑑定人川崎浩司作成の鑑定書(補足、訂正表を含む)及び証人川崎浩司の証言も別段、原判決が認定した(ト)の事実、即ち、本件塀の倒壊原因について疑いをさしはさませる趣旨、内容のものではなかつた)。

そこで、検察官の所論にかんがみ、原判決に前記「控訴趣意の要旨」欄に掲記した(イ)ないし(ハ)の各点についての事実の誤認があるかどうかを以下、順次検討することとする。

2  安全配慮義務の分配について

本件工事に関する安全配慮義務は発注者側である福岡市水道局の設計担当者及び監督員が基本的、一次的に負担しており、施工者側である被告人らのそれは補充的、二次的なものにすぎないとする原判決の認定、判断の骨子は前記「原判決の無罪理由の要旨」欄で略記したとおりである。

しかしながら、例えば、多種多様の機材を用い、各種工法を駆使し、多数の作業員をいくつもの工程、現場に分けて作業を分担させる発電所やダムなどの建設工事や土木工事などのように工事内容が大規模、複雑で、かつ、極めて高度の精密さが要求されるものにあつては、施工者は設計の忠実な履行を義務づけられこそすれ、設計の技術的適否を審査する立場にはなく、また、そのような技術的水準を要求されているものではないし、設計の技術的なミスはこれに引きつづく施工の段階では一般に是正されにくいものでもあるため、設計者においても専門的技術と経験に基づき施工方法や工事に使用する資材、その品質等までも詳細に指定することとなるし、その設計図書の施工業者に対する命令的、拘束的機能も必然的に強いものとなる道理であるが、前記(ハ)及び(ニ)の認定事実と原審証人松尾孝則及び同藤野正の各証言によれば、本件工事の場合は、水道管を埋設接続するための路面掘削工事であり、少数の作業員によつて人力床掘の工法で路面のアスフアルト層を剥ぎ取つたうえ、上面幅約七六センチメートル、底面幅約四五センチメートル、深さ約七七センチメートルの溝を掘削するという極めて単純な作業を内容とするものであるから、施工者側は工事現場における作業の実情に照らし、その状況に即応した直接的、具体的な措置をとることが現実に可能な立場にあるので、設計者側においては、全工事区域の土質等、アスフアルト層の下にあつて全てにわたつて調査することの困難なものについて、これが把握に努めるよりも、ある程度の見込みにより設計図書を作成し、むしろ、施工段階で施工者側により現場の実情に合わせて適宜、これが修正されて行くことを期待しており、施工者側もまた、設計図書による指示がなくとも矢板等の資材を調達し、或いは設計図書上の人力床掘りとの指示文言とは関係なしに道路のアスフアルト層剥ぎ取りのために掘削機を用意し、臨機応変にこれを使用したりしていたのであり、このような設計者側、即ち発注者側と施工者側との関係は本件工事程度の小規模で単純な工程においては一般的なものであつたことまでも認められるのであり、このような両者の関係は本件工事現場の作業の実際に照らし、相応の合理性を備えたものと認められるから、この両者の関係を前記した発電所やダムなど大規模工事におけるそれと同日に談じることは相当でなく、従つてまた、本件工事において、施工者側は、自己が設計図書どおりの工事を遂行したことの故をもつて、その結果として発生した事故の責任を設計者側、即ち発注者側に転嫁してこれを免れようとすることはできないものである。この点、原判決には、本件工事において設計図書の果たすべき役割を過大に評価した誤りがあり、また、本件工事における施工者側の安全配慮義務の配分を判定するにつき仕様書や契約書の字句に囚われ、作業の実際を過少に評価した誤りがあるといわなければならない。

3  被告人らの右安全配慮義務違反について

前述のとおり、本件工事の、被告人道喜は施工者側現場代理人であり、被告人金は下請の施工業者で、いずれも本件被害者らを指揮監督して本件工事を遂行するとともに右労務者らの安全衛生を管理するなどの業務に従事していた者であるから、被告人両名に右労務者らの安全に配慮し危険の発生を防止すべき義務のあることは当然であるので、以下、両被告人に右義務の懈怠がなかつたかどうかを検討する。

(a)  前述のとおり、本件塀は、長さは約七・二メートル、地上の高さは約一・七メートル、その基礎部分の幅は約二七センチメートル、根入れの深さは約二〇ないし三〇センチメートルで、東端に約五四センチメートル、西端に約五八センチメートル、中央二か所に約一〇センチメートルの控壁を設けており、塀の一メートル当りの重量は約〇・九一一トンであつたが、前掲実況見分調書二通(証拠番号略、以下同じ。)によれば、右塀は、塀の厚さがモルタルの厚みともで約一五ないし一七センチメートルであるが上端部から約二五センチメートルのところからは前後上方に張り出した山型の飾りとなつていて幾分頭でつかちな外観を呈していたこと、また、前記控壁はいずれも本件工事現場となつた道路とは反対側の、塀の北側に設けられていて、本件塀の本件工事現場側への倒壊等の防止のためには、その支持力が直接には機能しにくいものであつたこと及びその根入れ部分の深さは一定でなく、塀の基部として組積みされた黒レンガも所により二段であつたり三段であつたりし、所によつては根入れ部分の深さはわずか約一七センチメートルのものであつたことも併せ認められるところである。

(b)  次に、被告人両名が本件被害者らを指揮監督して本件塀の市道側に掘削させようとした水道管埋設用の溝の位置と規模は、これも前述のとおり、前記白水方前市道の境界線に添つて幅七六センチメートル、深さ七七センチメートル、塀からの間隔一二センチメートルと、設計図書に示されたとおりのものであつた。なお、設計図書中、平面図によれば、掘削予定の溝の底部幅は四五センチメートルであつたことが認められる。

(c)  次に、本件工事現場一帯の土質は、これも前述のとおり、設計図書には粘性土とあつたが、実際は純粋の粘性土ではなく、粘性土と砂質土を混合したような土質であり、本件事故の前日までに施工した約一四〇メートルの間の土質と概ね同質で著しい変化はみられないものであつた。前掲各実況見分調書によれば、粘性土に比しはるかに軟弱な土質であつたことが認められる。なお、両被告人とも、本件工事現場一帯の土質が右のような砂混じりの土であつたことは本件事故前から認識していたものであり、このことは、原審第一回公判の起訴状認否の段階から被告人両名の自認するところである。

(d)  しかして、本件塀は、前述のとおり、昭和五三年一月一七日午前九時四五分ころ、本件被害者らによつて右塀の南側一二ないし一五センチメートルの位置に右塀と並行して上面幅約七六センチメートル、深さ約四〇ないし五〇センチメートルの溝が約九・三メートル掘削された際、本件被害者三名の上に倒壊したものであるが、その倒壊の原因は本件塀の南側、即ち市道側全面にわたり右のとおりの溝を右塀に接近して右塀の根入れより深く掘削したことで、そのために塀を支えていた根入れの下面の溝側の砂混じりの土が塀の重さによつて溝内へ崩れ、支持力を失つた塀が市道側に傾いて溝の上に倒れ込むにいたつたものである。

(e)  以上、(a)ないし(d)の各事実を総合すると、被告人両名は、本件工事現場において、本件被害者ら労務者が本件当日作業を開始する以前の段階で、前日までに作業が完了していた本件現場に至るまでの約一四〇メートルの工事区間での掘削作業の結果から、これに続く本件塀前の市道の土質が設計図書で予定されている粘性土ではなく、砂混じりのより軟弱な土質であると予測できていたし、また、本件塀が前記のような外観を呈した高さと重量を備えたものであることや、溝は、右塀との間にわずか一二センチメートルの間隔を置いただけで、これと平行して掘削されて行くものであることを十分に認識していたものであるから、たとえ特段の土木工学上の専門知識を有していなかつたにせよ、右現場の状況からみて、このまま労務者らに設計図書に示されたとおりの溝、すなわち前記白水方前市道に沿つて塀からの間隔一二センチメートルの位置に右塀と並行して上面幅七六センチメートル、深さ七七センチメートルの溝を掘削する作業を継続させるときは、塀を支えていた根入れの下面の溝側の砂混じりの土が塀の重さによつて溝内へ崩れ、支持力を失つた塀が市道側に傾いて溝上に倒壊し、労務者らの身に危険を招来するおそれがあることを容易に察知しえたはずのものであり、従つてまた、右危険回避のため掘削作業開始に先立ち、右塀の基礎部分の土質や塀の根入れ状況を十分調査し、このまま労務者らに掘削を継続させるうえにおいてどのような危険防止策をとれば危険が回避できるかを案じ、例えば、土留めをしたり、支柱を設けるなど塀の倒壊を未然に防止する適切な措置を執るべきであつたということができる。

もつとも、被告人両名又はいずれか一方が本件現場にあつて掘削作業の進展を見守り、危険の徴候が現われたような場合、その徴候をいち早く発見し、それに対応する万全の態勢をとつていたというのであれば、右に述べた工事着手前の土質や根入れ状況の調査義務等も或いは必要性を失うかもしれないが、本件においては、事故当日、本件被害者ら労務者が作業を開始してから本件事故発生までの間、被告人両名とも所用で不在だつたのであり(被告人道喜の検察官に対する昭和五四年一〇月二六日付供述調書及び原審第一六回公判調書中の被告人金の供述部分)、右当日、被告人両名不在の間に遂行された掘削作業の開始時間や手順等に普段と違つたところが見当らない(原審及び当審証人益永榮の証言)本件においては、前記のような、塀の倒壊を未然に防止するための適切な措置を、本件事故当日の掘削作業開始に先立ち、被告人両名は執るべきであつたといわなければならない。

しかるに、被告人両名は、本件工事現場において本件被害者ら労務者が本件当日作業を開始する以前の段階において本件塀の倒壊防止のための措置を全く講じないまま右労務者らをして本件掘削作業を遂行させたものであるから、被告人両名が労務者らに対する安全配慮義務に違反したことは明らかであり、優にその過失を認定しうるものである。

この点、原判決は、被告人両名の安全配慮義務が設計担当者側のそれに対し補充的、二次的なものにすぎないとの判断及び被告人ら施工者側において設計図書どおりの工事を忠実に遂行するときは、その結果として発生した事故の責任を負担しないのが原則であるとの判断を前提として、被告人両名に右義務の懈怠はなかつたとしているが、その前提とするところが既に失当なことは前段で判示したとおりであり、原判決は誤まれる前提に立つて被告人両名の義務懈怠を看過するにいたつたものといわなければならない。

4  検察官主張の過失と本件事故発生との因果関係について

原判決は、被告人両名が本件被害者らに対し一度に水道管一本分(約六メートル)ずつ掘るように指示していたことを前提にして、水道管一本分を掘削する場合は、本件塀の一部、約一・七メートルを残して掘削することになるのでかなり塀が倒れにくくなるし、塀が倒れる前に塀のひび割れや、土がばらばら落ちる等の塀倒壊を知らせる兆候があれば、被害者ら三名で約九・二メートル掘削する場合に比較して著しくこれを発見しやすい態勢にあつたと考えられるし、現に本件事故現場まで相当の区間を右一本ずつ掘るという方法で臨機の措置をとりつつ安全に施工されてきたことなど考え合せると、「本件事故原因が、被害者らが、被告人(ら)の指示に反して、一度に水道管一本分以上の長さの溝を掘つたことにあるのではないかとの推測は合理的であり、これを否定するに足る証拠は存在しない。」といい、「そうすると検察官主張の過失と、本件事故とは因果関係がないのではないかとの疑を払拭し得ない。」というのである。なお、原判決は、右のうち、残るはずの本件塀の一部の長さについては実況見分調書検3号によつて約一・七メートルと認定した旨を括弧書きをもつて示しているが、右実況見分調書を精査するも、約一・七メートルなる計測の根拠が明らかでない。右実況見分調書に原審検2号の実況見分調書を合せてみると、本件事故発生当時、本件被害者らによつて掘削されていた溝の西端は、白水方玄関前ポーチの東端と本件塀の西端とが接するあたりであり、本件被害者らはこの地点から東方へ本件溝を掘削して行つたのであるから、水道管一本分(約六メートル)を掘削した場合、残る本件塀の一部の長さは約一・二メートルとなるものと考えられる(原審検2号の実況見分調書添付の見取図第二図には本件溝の西端が前記ポーチの西側寄りから掘削されていたように記載されているが、同実況見分調書添付の写真〈2〉、〈3〉及び〈4〉によれば、右ポーチ前はすでに埋め戻された状況にあると認められるので、右見取図の前記表示部分は明らかな誤りと認められる)。

また原判決は、前記のとおり、「本件事故現場まで、相当の区間を右一本ずつ掘るという方法でかつ臨機の措置をとりつつ安全に施工されて来た」と述べているが、原判決理由中「第四土質の調査義務」欄の二の(三)には「事故前日まで一四〇メートルの区間を設計図書に従つた位置、即ち塀に並行して約一五センチメートル位の位置に溝を掘削して安全に施工されて来た」とあることからして、原判決の右の認定は、相当の区間、即ち本件事故現場までの約一四〇メートルの区間全てにわたり、溝は道路脇の塀に並行して約一五センチメートル位の位置に掘削されたこと、そしてそれは本件設計図書の指示であつたこと、の二点を前提にしているものと考えられるが、前出の実況見分調書二通及び平面図に照らせば、右判示は、本件掘削工事は市街地の狭い市道を伝つて逐次移動していくもので、移動の都度、民家、電柱、塀など路傍の構造物をはじめ周囲の客観的状況は変化していくものであること、現に、原田公民館前の塀は、高さが約一・五メートルで中間に敷地への出入りのための門柱が設置されたうえ、更に塀の東西端には塀が控壁のようにかぎ型に設けられているため本件塀よりも安定性が認められるだけでなく、掘削される溝と塀との間隔も右公民館前の塀の方がより広いものであつたこと、設計図書においても、本件事故現場までの約一四〇メートルの区間中、福岡市東区原田三丁目一三六九番地木本宅前では塀との距離四四センチメートル、原田二丁目所在の伴宅前では塀との距離一・二二メートル、同所所在の大塚宅及び川嶋宅前では塀との距離六二センチメートルをそれぞれ置いて溝は掘削されるべく設計されていたこと、をいずれも看過し、その限りで誤れる前提に立つにいたつているといわなければならない。

しかし、それらはとも角として、原判決が前提とする、被告人両名が本件被害者ら労務者に与えていたという、一度に水道管一本分(約六メートル)ずつ掘るようとの指示なるものについて検討するに、関係証拠、とりわけ原審及び当審証人益永榮の証言、被告人両名の検察官に対する各供述調書及び原審公判廷における各供述、原審検2号の実況見分調書添付の写真〈8〉及び〈13〉、原審検3号の実況見分調書添付の写真第一、第九及び第一七号に原審検69号の平面図によれば、本件原田地内の工事以外の現場での配水管布設工事においては水道管を二、三本ずつ布設して埋め戻していく方法が普通であつたこと、しかし本件原田地内の工事では、道路幅が普通の現場より狭くダンプカーが進入できないだけでなく、掘つた土砂の運び出しと掘つた溝への新たな砂の搬入など、一輪車による運搬作業が溝が長くなる分やりにくくなり、作業能率も落ちるということが主たる理由から、被告人両名は、本件工事においては水道管一本ずつを入れて埋めていくという方法を本件被害者ら労務者にとらしていたものであること、従つて、福岡市に対する工事報告書に添付すべき写真を撮影する際には、水道管二本が一度に布設されている状況を撮影した方が水道管の布設状況がより判りやすく写真に写るという理由から、本件原田地内の工事現場においても水道管二本分を掘らせたことがあること、被告人金も、障害物などがあつて、その下をくぐつたりしなければならないときなどは、水道管一本分より長く掘つたこともある旨検察官に供述していること、益永榮は大西工業が本件現場に派遣した四名の従業員の唯一人の生残りで、本件工事においてはダンプカーの運転の合い間に溝掘りに従事することもあつた者であるが、同人は自分たちが一度に水道管一本分ずつ掘削していたことにつき被告人両名からの指示によつたものとは考えておらず、また、本件事故当日、水道管一本分以上の約九・三メートルの長さの溝が一度に掘られていたことにつき、それは現場に深さが三〇センチメートルを超す雨水枡があつたからだと思う旨述べて格別、異例なことであつたとも把えていない様が窺えること、しかして本件事故現場を前掲実況見分調書添付の写真によつてみると、本件溝の上の、本件塀の東端あたりにほぼ西端が来るような位置に直方形をした雨水枡があり(特に原審検3号の実況見分調書添付の写真第九号参照)、さらに右の雨水枡の東方で本件溝の東端付近の脇に円形のマンホールの蓋の西端があり、右雨水枡の下では溝は未だ十分には貫通されておらないこと、ところで本件事故当日の作業開始点は既述のとおり本件塀の西端付近に位置するものであるから、右作業開始点から右雨水枡の西端までの距離は、右雨水枡の位置が前記のとおりであることから、結局、本件塀の長さとほぼ同じで約七・二メートルだということになり、右マンホールの蓋の西端が本件溝の東端付近にあることから、右作業開始点から右マンホールの蓋の西端までの距離も結局、本件溝の長さとほぼ同じで約九・三メートルということになり、従つて、右雨水枡の東端付近から右マンホールの蓋の西端の脇付近までの距離は二メートル足らずということになり、右の間を本件塀の脇に掘られた溝とは必ずしも十分に連続していない溝が掘られていたということになること、本件事故当日、事故発生に先立つて道路のアスフアルト剥ぎ取りのために掘削機が使用されたが、右掘削機は本件溝の東端付近に丁度作動を休止した形で停止していること、なお、右掘削機の運転、操作は山口政廣の担当であつたこと、およそ以上の事実が認められる。なお、右山口ら本件被害者三名の本件死は本件塀の下敷きになつたことに起因するのであるから、右塀の倒壊時に右三名の者が本件溝のうち本件塀に沿つた約七・二メートルの間にいたことは確かであるから、原判決が、塀の倒壊を知らせる兆候があつたとき、被害者ら三名で九・三メートル掘削する場合に比較して水道管一本分掘削するときの方が著しくこれを発見しやすい態勢にあつたと考えられると判示した点は、実際上はそれほど差異を生ずることでもないと考えられる。

そこで以上を総合すれば、被告人両名が本件被害者ら労務者に与えていたという、一度に水道管一本分ずつ掘るようとの指示なるものは、たといそのような指示をしていたとしても、それは特に労務者の安全を主眼とした指示というわけのものではなく、主として能率本位に着眼したところの作業工程の指示にとどまるものであるから、そもそもが、いかなる事情、状況であろうとも水道管一本分以上の長さを掘ることが許されないといつた強い性質のものであるはずがないものであり、従つて、作業能率に支障がなかつたり、途中に障害物があつて、単純に水道管一本分を掘削するやり方では水道管の埋設や接続作業等がやりづらくなるようなときは本件被害者ら労務者において臨機応変に、一度に水道管一本分の長さ(水道管自体の長さは約五メートルであるのに、これの一本分を約六メートルという所以が、これが埋設や接続作業等には幾分かの余裕が必要なためであることは既に述べたとおりである。)より余分に掘つて水道管の埋設や接続作業等がやりやすくなるよう工夫することなどは当然に許されていたことと認められるし、本件被害者ら労務者が本件事故当日、一度に水道管一本分以上の約九・三メートルの溝を掘つたわけも、前記雨水枡の位置が当日の作業開始点から見て掘削予定の溝の延長線上約七・二メートルの距離にあり、普段のとおり水道管一本分宛掘つて水道管一本を埋設のうえ元どおり埋め戻すという作業方法に従うときは、これに接続すべき次の水道管を布設するに当つては右雨水枡(本件の実況見分調書二通を見ると、その記載はいかにも杜撰であつて重要事項の遺脱、遺漏があり、また、双方対照するときは図面の形状や距離の計測といつた通常一致すべきはずのものにも多々不一致が見られるが、これは本件事故現場は、本件塀の倒壊等で本件溝の原形が崩れたうえに本件被害者らの救出作業のため本件塀自体も破壊されたことに加え、本件事故現場は市道であつて本件事故後の原状回復が急がれたことによるものと推測されるが、この雨水枡についても、右二通は図示こそしているが各添付写真に照らすとその位置が不正確であるばかりでなく、その寸法や用途等についても一切触れるところがない。しかし当審証人益永榮の証言によれば、深さが三〇センチメートル以上もある雨水枡であつたと認めることができるものである。)の下に水道管を通すための掘削作業をすることが困難となるため、山口政廣労務者は本件事故当日の朝、前記作業開始点から前記マンホールの蓋の脇までの約九・三メートルの間を、途中前記雨水枡のところは避けて前記掘削機を用いて道路表面のアスフアルト層を剥ぎ取つたうえ、その下部部分を人力で掘削し、そのうえで前記雨水枡の下に水道管を通すための空間、即ち穴を両面から穿つ段取りをたて、これに従つて作業を進めていたからではないかと推測されている。

そうだとすると、被告人両名は、本件事故当日、本件被害者ら現場作業員が約九・三メートルの溝を掘削していたことをもつて、全く予期しえなかつた、指示に違反する掘削方法であつたなどとは到底いえないものであるから、原判決のこの点の判断も誤りであるといわなければならない。

5  まとめ

以上のとおりであつて、原判決には検察官指摘の事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は到底破棄を免れないものである。論旨は理由がある。

三  破棄自判

よつて刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

1  罪となるべき事実

被告人道喜は株式会社古屋工業所に雇われ、同社が福岡市水道局から請け負つた福岡市東区原田地内No.2配水管布設工事の現場責任者、被告人金は大西工業の名称で水道管布設工事業を営み、右工事を前記会社から下請けした施工者であつて、それぞれ、労務者山口政廣、丸林繁廣、仲山友幸らを指揮、監督して同工事を遂行するとともに、右労務者の安全衛生を管理するなどの業務に従事していたものであるが、被告人両名は、昭和五三年一月一七日に施工すべき作業工程が前記東区原田地内の原田一丁目一三一五番地(現原田二丁目二二番三一号)白水秀雄方前道路に水道管布設のため前記労務者らに右白水方のモルタル塗装のレンガ塀南側一二センチメートルの位置に右塀と並行して上面幅約七六センチメートル、底部幅約四五センチメートル、深さ約七七センチメートルを明り掘削させることとなつた際、右塀は長さ約七・二メートル、高さ約一・七メートルであるうえ、掘削現場の地盤は、前日までに作業が完了していた工事区間での掘削作業の結果から、崩壊しやすい砂混じりの土質と同様のものと予測できたから、このまま労務者らに掘削作業を継続させるときは、右塀の南側、即ち道路側沿いに右のとおりの溝が右塀に接近して右塀の根入れより深く掘削されることとなるため、それでは右塀の重さによつて塀を支えていた根入れの下面の溝側の土が溝内へ崩れ、支持力を失つた塀が道路側に倒壊し、前記労務者らの身に危険を招来するおそれがあるので、右危険を回避するため、人力掘削作業を開始するに先立ち、右塀の基礎部分の土質や塀の根入れ状況を十分調査し、このまま労務者らに溝の掘削を継続させるうえにおいていかなる危険防止策をとれば右の危険を回避できるかを案じ、土留をしたり、支柱を設けるなど塀の倒壊を未然に防止する適切な措置をしながら作業に従事させるべき業務上の注意義務があつたのに、このような危険に想到することなく漫然と右塀の外観を見分したところ塗装が比較的新しかつたことから倒壊することはないものと軽信し、塀の倒壊防止のための措置を全く講じないまま前記労務者らをして前記作業を遂行させた過失により、同日午前九時四五分ころ、前記労務者らが深さ約四〇センチメートル、長さ約九・三メートルの溝を右塀の南側一二ないし一五センチメートルの位置に掘削するに至つた際、右塀の地盤が崩壊し、同塀を右労務者らの上に倒壊させて同人らを同塀の下敷きにさせ、よつて前記山口、丸林を即時同所において窒息死させ、前記仲山を同日午前一〇時二〇分ころ、同市同区馬出二丁目二一番二五号所在の八木病院において全身打撲により死亡させたものである。

2  証拠の標目(略)

3  法令の適用

被告人両名の判示所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、被告人両名の右所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の最も重い丸林繁廣に対する業務上過失致死罪の刑で各処断することとし、所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、その各所定刑期の範囲内で被告人道喜を禁錮一〇月に、被告人金を禁錮八月に処し、諸般の情状により、被告人両名に対し刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から各一年間、それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用中原審分は刑訴法一八一条一項本分によりその二分の一ずつを各被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田治正 井野三郎 松尾家臣)

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